眠れぬ夜の寝物語 ~お姫様のおやすみの後に~
「寝込みを襲うなど、最低な男のすることだぞ」
背後から聞こえた声に嘆息すると、グレイは少女の光色の髪から手をひいた。
「人聞きの悪いことを言わないでください」
眉を寄せて振り返れば、案の定そこに立っていたのはクローバーの塔の領主。
久方振りにまみえた上司は相変わらずの顔色の悪さだが、機嫌だけは良いようだった。
彼の妹は心細い思いをしていたのに、いい気なものだ。
「それにしても意外だったな」
「なにがですか?」
不満で返すグレイの心中を無視してニヤニヤと笑うナイトメアに、さらに不満が高まる。
「この娘のことだよ」
ナイトメアはソファで眠る少女の金の髪をさらりと撫で、その額に軽いキスを落とした。拒まれない自信があるからできる行動だ。
「うらやましいだろう」
「……そんなことより何が意外なんですか?」
「まさかお前のところへ行くとは思わなかった」
「どういう意味ですか?」
確かに少女には警戒されているが、ナイトメア不在で心細い時くらい無碍にはされないだろう。
グレイの心を読んだナイトメアは、相変わらずの表情だ。
「確かに人見知りする娘だが、使用人の中にも お前より親しい人間は何人かいるんだぞ」
いい傾向だ。――そう笑うナイトメアの真意が図りきれない。
グレイの戸惑いに独眼が見据える。
「私以外に深く付き合える人間ができることは良い傾向だろう」
言葉だけを聞けば、至極まっとうなことなのだろうけど――なんだろう。ナイトメアのこの曖昧な笑みは。
「……嫌な夢を見る、と言っていました」
「そうか。しかし、あれは私にどうにかできる代物ではないからな」
「《夢魔》であるナイトメア様に対処できない夢が?」
グレイが驚いて、ナイトメアを見返す。
「ああ、あるさ。しかし――」
今はよく眠っているようだ。――そう呟いて、ナイトメアが少女を抱き上げた。
「おい、ウサギとカップを持ってこい」
「あ、はい」
腕の中の少女を愛しそうに見つめていたナイトメアが、ふいにグレイに指示を出す。
慌てて書類と少女の荷物を抱えると、グレイは資料庫の扉を開いた。
「…………」
「どうした?」
「部屋……きちんとあったんですね」
中庭の温室ではなく、ナイトメアの寝室の近くに。
「当たり前だろう」