アリスの森

陽だまり子猫

「あ、二人ともまたこんなところでお昼寝して」
 太陽が西の空にかかり始め、じきに赤く染まる頃。縁側で仲良く昼寝をしている妹と幼馴染を見つけた。
 最近になって朝夕はだいぶ冷え込んできている。だからだろうか、銀髪の少年は黒髪の少女を抱き締めるように眠っている。
 小さいふたりが寄り添う姿が可愛らしくて、思わず頬が弛んだ。
 そして桃はふたりのために掛け布団を取りに戻った。





 十番隊舎の端に森のような場所がある。森というには小さいが、こじんまりと木々の茂る様は、やはり森と呼ぶのがあっている気がする。
 塀と建物に囲まれた隊舎内に何故このような場所があるのかは謎だが、十一番隊舎との境に位置するこの森に人が足を向けることは希であった。





 十番隊に書類を届けにきた雛森 桃は、ふと思いたって件の森に足を伸ばした。
 先程訪れた隊首室に、幼馴染の銀髪の少年は不在であった。
 松本の言によれば、半刻ほど前に席を立ったきり戻らないそうだ。あの真面目な少年にしては珍しい。
「午前のノルマはこなしてるし、今日は忙しくないからいいけど、もし見掛けたら声かけてくれる?」
 笑って言った松本に困った様子はないので、本当に忙しくはないのだろう。
 枝の間から射し込む光を道標に森の中を歩いて行くと、他よりも多く光の射し込む木の根本に目当ての人影を見つけた。
 幹に背を預けて眠る銀髪の少年と、その膝に頭を乗せて丸まって眠る黒髪の少女。
 落ち葉を踏む音に細心の注意を払って桃が近付くと、あと3メートルというところで少年が目を開けた。近付く影に目をやり、日番谷 冬獅郎は「雛森か」と呟いた。
「なんだ、珍しいな」
 欠伸をかみころして問う日番谷に、桃が笑う。
「乱菊さんが、日番谷くんがいなくなったって言ってたよ」
「今日は忙しくねーから、松本ひとりでも大丈夫だ」
「うん、乱菊さんもそう言ってた」
 あいかわらず、桃は3メートルの距離を保ったままだ。
「なんで、そんなに離れてんだよ」
 日番谷の言葉に、桃は眉を下げた。
 昔から寝ているに近付くと、必ず起こしてしまっていた。
 今思えば自分の気配で目が覚めていたのだと理解できるが、幼い頃はどんなに足音に気を付けても起きてしまうことに悩んだりもした。
 そんな中で学んだ距離が3メートル。桃がに許された距離だ。
「ダメだよ。これ以上近付くとちゃんが起きちゃうもの」
 小さい頃から当然のようにの隣にいる少年が、桃には時折とても羨ましく映る。
「起きねーよ」
 起きちゃうよ、と独りごちた。日番谷は簡単に言うが、それは桃には難しいことなのだ。
 呆れたようにため息をつく少年の膝で、が小さく唸って身じろぎする。また起きちゃう――桃は体を硬くした。


 姉妹といっても現世で一緒に過ごした時間はとても短くて、にその時の記憶はない。それでも桃にとってはかわいい妹なので、再会した時には「絶対守るんだ」という気持ちが強くあった。
 しかし、人見知りする妹が先に懐いたのは、この少年だったのだ。

 ―――だいたい、ちゃんはあたしの妹なのに、シロちゃんが独り占めするからいけないんだ。

 そんな桃の様子を横目に見ながら、日番谷は膝に乗っている少女の髪を優しくすいた。
「お前の気配で起きるのを心配してるなら、はとっくに気付いてるぞ」
「え?」
「コイツの探査能力をバカにすんなよ。寝てたって、お前の霊圧くらいわかる」
「でも、起きないよ」
「だから、お前相手に警戒なんかしてないってことだろ。他のやつだったら、ここに入った時点で起きてる」
 いまだ半信半疑の桃に、日番谷がもう一押しする。
「そもそも、オレといる時のこいつは、ぐーすか寝てるか、本読んでるか、ぼーっとしてるかだけど、雛森の前でそういうとこ あんまり見せないだろ」
「……シロちゃんには気を許してるってことでしょ」
「お前にはいいトコ見せたいんだろ」
 こいつ、他人にどう思われても全然気にしないけど、ガキの頃からお前とばーちゃんの前でだけは手のかからないイイ子で通してたんだよ。知らなかったのか?――その言葉に、桃がようやく一歩を踏み出した。
 ふたりの傍らへ膝をついてもの瞳は閉じられたままで、桃がほっと息をついた。


「まあ、オレがいるから多少は警戒心もゆるいってのは事実だけどな」


 日番谷の言葉に桃がじろりと睨むと、


「その顔、すねた時のにそっくりだ」
 と笑われた。