アリスの森

「……何をしてるんだい?」
 呆れを含んだ幼馴染の声に、少女は振り向きもせずに「チューリップの球根を植えてるのよ」と答えた。





「どうして こんな時に、そんなことをするのさ」
「秋だから」
 そう言って少女―― は、ようやく顔を上げた。
「ねぇ、それより袖 捲くってよ」
 軍手をしたままの左腕を、雲雀の方へと差し出す。
 なんとなく、この幼馴染の少女には似つかわしくない作業だと思いながら、雲雀は言われたとおりに少女の左袖を折り返してやった。
「僕はそういうことを言ってるんじゃないよ」
「―――なにが?」
 並べていた赤いラベルの球根を拾い集めて、今度はピンクのラベルの球根を並べ直す。紫のラベルの球根を手に悩むに、そんなもの何だっていいだろうに、と雲雀は呆れた。
「どうして こんな寒い日にそんなことをしてるのか、って言ってるんだよ」
 ああ、とは合点がいったという顔で雲雀を見上げる。
「もう11月だから」
「……君は頭が良いくせに、時々 頭の悪い答えを返すよね」
「あら、自分が無知なせいで会話がかみ合わないことを、私のせいに しないでほしいわね」
 雲雀 恭弥に対して、この言い草。これが許されているのは、この少女だけだろう。
 雲雀が不機嫌そうに眉を顰めると、少女はなんでもないような表情で「こんな所でトンファーなんて振り回さないでよ」と釘を刺した。
 元よりそんなつもりはなかったので、雲雀は大きく息を吐き出すだけに とどめる。
「あんまり遅いと、根が充分に伸びなくなって育ちが悪くなるの」
 10月は忙しくて時間が取れなかったから、とは球根を植えながら話す。どうやら配色と並べ方が決まったようだ。それにしても、何十球植えるつもりなのか。
「だからって、こんな日にやることないだろ」
 11月に入り、寒さも本格的になってきた。
 加えて今日は、小降りとはいえ雨も降っている。いくらサンルーフの下にいるとはいえ、寒さは凌げまい。
「ダメ、来週じゃ遅いもの」
 植え終わるまで止めるつもりのない幼馴染に、雲雀は深いため息をついて柱に背を預けた。





が花を植えるなんて珍しいね」
 雲雀の言葉に、は瞬きをひとつ返した。
「温室にも花壇にも、花が咲いていたと思うけど」
 確かに花は咲いていた。――ハーブだとか、薬効のあるものが殆どだったと思うが。
 中には わずかなりと、毒性を含む植物もあったのではないだろうか。
 以前、雲雀が「おかしなことに使ってないだろうね」と聞いたところ、曖昧な笑みで返されたことがあった。幼馴染ながら、本当によくわからない少女だ。
「普通の花を植えてるのが珍しい、って言ってるんだよ」
「ふぅん」
 曖昧に返事をして、が右腕を差し出す。
 しゃがんだままの少女に合わせて膝をつき、雲雀が黙ってその袖を折り返していると。


「あのね、チューリップの球根は糖度が高くて澱粉が豊富だから、オランダでは食用栽培もしてるんですって。日本の園芸品種は、灰汁が強いし農薬があるから食用向きではないけれど」
 雲雀が少女の顔を見ると、はあの曖昧な笑みで言葉を続ける。
「多くの品種には、心臓毒であるツリピンが含まれているのよ」





「……そんな物騒なもの、並盛で使わないでよ」
 本日何度目かの呆れた声に、は「大丈夫、精製の仕方なんて知らないから」と嘯いて見せる。
 黙っていれば大人しげな美少女なのに、本当に奇妙な幼馴染だ。
 花壇に水を撒き終わったが、最後に手を洗う。
 タオルで手を拭いているの体を肩に担ぎ上げると、無防備だった少女が慌てて雲雀の肩にしがみついた。
「っ……急に危ないでしょ」
「風邪ひいてるくせに、いつまでこんな寒いところに いるつもりさ。終わったんなら、さっさと中に入るよ」
「―――気付いてたのね」
「気付かないわけないだろ。は本当にバカだね」





「ところで、何か用だった?」
 今更ながらに、来訪の用件を問われたが。
「別に。暇だったから、紅茶でも入れてもらおうと思っただけだよ」
「なら、美味しいお茶を入れてあげる」
 新しいウバが手に入ったのよ、と上機嫌で語るに、雲雀も同じように笑って見せた。

竜潤りょうじゅんに佇む 撫子の花