Shonen Radio
その男は、計算しつくされた日常に生きていた。
完璧主義者の誤算
阿部隆也、12月11日生まれ、O型。野球では少年時代からずっと捕手を務める。性格は直情型で、クールぶっているが本当は涙もろい。好きなものは『素直な投手』。嫌いなものは『首を振る投手』。
・・・・とまぁ、彼のデータを挙げるならこんなものだろう。
彼の頭の中は野球でいっぱいだ。もっと言うなら、配給をどう組み立て、打者をどう抑えるか、その為に投手をどう動かすか。そんなところだろう。こと野球に関しては完璧主義なのだ、彼は。
「はぁ・・・」
何度目になるか分からないため息をつき、私は鳴らない携帯電話を握り締めベッドにダイブした。
どうして、彼を好きになってしまったのだろう。
、一生の不覚。
何かにつけすぐ怒鳴るし、野球以外のことになると冷めた顔をしているし、発言はちょっと無神経。ここのどこに惚れる要素があるというのだろうか。学校の七不思議なんかよりよっぽど不可思議だ。
突然、マナーモードにしていた携帯電話が振動し、私は少し慌てながらそれを開いた。もしや、と思ったけれど、液晶ディスプレイに映し出された名前にがくりと肩を落としてしまう。がっかりしている自分が嫌だ。
『阿部とケンカしてるってホント?』
そのメールは、彼が「空気が読めない奴」とよく非難している同級生兼チームメートからで、私は苦笑しながらどう返信すべきか少しの間悩むことになった。
***
まったくの誤算だった。
オレにはちゃんと筋書きがあって、その通りにすべてが上手く運ぶ予定だったというのに。
想定外の出来事は何も野球だけではないらしい。あぁ、いい勉強になったよ。
問題は、これからどう軌道修正を行うか、だ。
「くっそ、あいつ、メールもよこしやがらねぇ」
先ほどから何度も携帯電話を開け閉めして着信を確認している自分に腹が立つ。それならば自分から掛けるなりメールをするなりすれば良い話だが、どう切り出したら良いものか考えあぐねている最中だ。
ごめん、とひと言だけでいいのに。それがあったら、こっちだって素直に謝ってやってもいい。それなのに、あいつときたらかなりの頑固者だった。顔に似合わず怒るとかなり怖いということを知ったのはつい最近、もっと詳しく言えば3時間ほど前のことだ。
午後の部活中に三橋の様子がどうもおかしかったので問いつめたら、いつものごとく泣き出して何も言いやがらないので苛々していると、そこにひょっこり現れた田島がじっと三橋を見てこう言ったのだ。
「だから無理だって言っただろ。熱あるんだから今日は帰って寝ろって」
オレは当然、怒った。頭をぎりぎりしてやりたいのを抑えた自分を誉めてやりたい。体調が悪いのをわかっていて無理をして何の得がある?下手したら次の試合は投げらんねぇぞ、わかってんのか?!・・・とまぁ、そんな具合に。
オレが怒るのは当然のことなのに、何故か田島には逆に睨まれるし、三橋には最後まで泣かれるしで、本当に最悪だったのはその後だった。
「あんな風に怒鳴るの、良くないよ」
部活後、いつもは早めに帰るあいつが珍しく最後まで残っていたので、オレが駅まで送り届けているとき、あいつはオレを咎めるように言ったのだ。
「三橋君が投げるのすごく好きなの、しってるでしょ?」
だから何だ。ぶっ倒れるまでやる理由になるのか。
「田島君や泉君は三橋君の体調が悪いのわかってて止めなかった。きっと、三橋君自身に無理だってこと、気づかせるためだったんじゃないかな」
それで何でオレがお前に文句言われなきゃなんねーんだよ。悪いのは三橋だぞ。
「阿部君は怒ってばっかり。ああいう時は叱るんだよ」
どっちもおんなじだろ!
「違うよ!怒るのは相手のためにはならないんだから」
はぁ!?オレの方が悪いっていうのかよ!お前まで三橋の肩持つのか、信じらんねぇ。
・・・・・・と、言い争いはヒートアップし、何故かオレたちは駅前で他人の好奇の目に晒されながら最悪な別れ方をしたというわけだ。
こんなはずじゃなかった。
数日後にはあいつがびっくりして感激のあまり泣き出すような出来事を用意して待っていたというのに。この計画を練るために、オレは野球に費やす時間を削ったんだぞ。それほど大切だったから、なのに、あいつときたら。
「なんにもわかってねぇ!」
思わず携帯電話を投げつけてしまおうと手を振りかざしたとき、着信を告げるバイブレーションが鳴り出した。オレの怒りは急降下したのは言うまでもない。そうだ、ひと言でいい。ごめん、と。
ぱかりと携帯を開いたオレは、今度こそ思い切りベッドへ投げつけてやった。
『阿部は女の子の気持ちがわかってないねぇ』
ご丁寧に語尾にニヤけた顔文字までつけやがって!
まずは空気の読めないレフトを締め上げるのが先だ、とオレは明日に誓った。
***
絶対に自分から謝ったりしないんだから、と心に決めて3日目。早くも私の心はぐらぐら揺れ動きだしていた。
それは阿部君がすごく怒っていて私を無視するから、とかそんな深刻な状態というわけではなく、逆に彼がちらちらといつも私を窺うようにして見ている癖に、目が合うと焦ったように逸らすのだ。それになんだか元気というか覇気がない。今日なんて「阿部が大人しいなんて天変地異の前触れだよな」などとチームメートが内緒話をしていたくらいだ。
なんだかここまで落ち込まれると、私が悪いのかなと思ってしまう。
「ぜーったい、謝っちゃダメだからね!」
人差し指をぴっと立て、そう言って私に釘を刺したのは水谷君だ。隣で迷惑そうに顔をしかめているのは泉君。どうでもいいけど、なんでウチのクラスで話してんの?とでも言いたそうだ。私と水谷君、そして阿部君は同じクラスだったから、彼の話題を出すときはいつも近くの9組にお邪魔している。それにしても、いつ来てもにぎやかなクラスだ。
「アベ、チョーシに乗りそうだよな」
「そうそう!だよねー」
田島君の言葉に水谷君が頷く。そしてその横では、三橋君が体を縮ませてぶるぶる震えているものだから、まだ体調が戻らないのだろうかと私は心配になって三橋君に話しかけた。すると彼はうつむいたまま涙声で私にごめんなさい、と言う。
「オレの、せい だ・・・さんと阿部君、ケンカしたの・・・・・ごめ、」
「三橋のせいじゃないぞー!」
三橋君のせいじゃないよ、と私の言葉をそのまま奪っていった田島君は、三橋君の肩をがしりと組んで笑った。そして耳元で何か田島君が言うと、泣きそうだった三橋君が少しだけ笑う。何を言ったのだろうか、天然コンビの会話は勉強不足の私にはまだ予測不能だ。
「阿部って亭主関白タイプだよな、絶対」
ずっと黙っていた泉君がぼそりと呟き、それに水谷君や田島君があぁ、と納得したように声を漏らした。
「苦労するよー、もうやめちゃえば?」
ついでにオレにしとく?と冗談を言う水谷君を軽く小突いたのは、泉君でも田島君でもなく・・・・・。
「クーソーレーフートォォ」
「あっあべぇぇ!?」
てめぇ、オイっ、逃げんなっ!と怒号を撒き散らし、逃げる水谷君を追ってあっという間に阿部君の姿は見えなくなる。
あっけに取られている私にまた泉君がぼそりと言った。
「男の嫉妬も怖いんだぜ?」
***
オレは焦っていた。
計画が大幅に狂ってしまったことと、予想外にあいつとの関係がこじれたまま今日の今日まで来てしまったことに。
決戦は金曜日という歌があったが、折りしも今日は金曜日で、まさにオレにとって決戦の日だった。
形振りなんて構ってられるか、今日を逃したらオレの計画はすべてが水の泡になってしまう。そう意気込んでいたものの、朝練でもその後の教室でも、オレはあいつに話しかけられずにいた。時間は無常に過ぎていき、ついには午後の部活が終了間近になったところで、オレはいよいよダメかもしれないと練習のせいだけではない疲労感に襲われた。
「阿部」
力なく振り返ると、花井が呆れた顔をして耳打ちをしてくる。
「、今日は先に帰っちまうみたいだぞ」
「・・・・へぇ」
「10分だけ時間やる」
その言葉の意味を察したオレは花井に感謝しつつ、にやりと笑ってまだ食べていないおにぎりを無理やり押しつけた。
「口止め料」
「いらねぇけど、もらっとく」
部内では唯一オレに友好的な花井に礼を言ってから、おにぎりに夢中な周りのやつらの目を盗んでグランウンドを抜け出す。フェンス裏には、離れた校舎とを行き来するために部員たちの自転車が置いてあり、あいつもちょうど自転車を取りに来たところだった。オレはほぼ1週間ぶりになるあいつの名前を呼ぶ。緊張していたせいで少し声が上ずっていた。
「」
「・・・なに?」
振り返りもしないで言うに苛立つこともなく、ただ無視されなくて良かったと安心している自分が情けない。けれど、もうチャンスは今しかないのだ。
「まだ怒ってんのか?」
何も答えてはくれない。つまりは怒っているということだろう。
「機嫌、直せよ」
頼むから、と祈りにも似た気持ちでいると、背中を向けたが小刻みに震えている。しまった!泣かせたか!?オレの頭は三橋が暴投をしたとき以上にパニック状態だ。
「ごめんっ!」
手をパンと合わせて頭を下げる。今までこんなに懺悔したことはあっただろうか、いや、ない。
「オレが悪かった、ごめん!」
「・・・・・・・ぷっ」
―――――ん?
「ぷはっ、あははっ。もうだめっ」
笑いやがった。
オレがもう駄目かもしれないと絶望に打ちひしがれそうになっていたというのに、こともあろうかこいつは笑いをかみ殺して震えていやがったのだ。
「おーまーえーなぁぁぁ」
思わず拳でのこめかみをぐりぐりすると、いたた、と悲鳴を上げるから仕方なく解放してやる。
「だって、阿部君、必死でおもしろいんだもん」
「コッチは真剣に言ってんだぞ!」
「うん。そうだね。ごめんなさい」
素直に謝られると何も言えなくなるではないか。女というのはみんなこうなのか?わけわかんねー。
でも、久しぶりに笑っている顔を見たら、もうどうでもいいとすら思えた。自分だけに向けられる微笑みがこんなに嬉しいものだったとは。
「・・・・・オレ、本気でもうだめなのかと、思った」
「うん?」
「大事な日に、オレ、振られんのかなーって」
大事な日?と繰り返したに、オレはズボンのポケットから封筒を取り出して見せる。
不思議そうにそれを受け取ったは、封筒の中身を知った瞬間、目を大きく見開いてオレを見上げた。中身はが「いつか生で観たい」と言っていたプロ野球の観戦チケットだ。もちろん、が好きな球団の試合で、ちなみに対戦相手はオレの好きな球団。
「誕生日だろ、お前」
「・・・うん。大事な日って、そのこと?」
当たり前じゃねぇか、そう言うとが今までに見せたことのない顔をして笑う。惚れた欲目を差し引いても、今のは最高に可愛かった。やべぇ、今オレ絶対、顔真っ赤だ。
「誕生日オメデトウ・・・その・・」
ずっと呼びたかったファーストネームを口にしたら、もうその場に立っていることができなくなって、オレはしゃがみ込んで顔を膝に埋める。
恥ずかしくて死にそうだ。そう思っていると、上から「ありがと、阿部君」という声が降ってくる。
「2枚ももらっていいの?」
「・・・・は?」
「誰と行こうかなー」
「はぁぁ!?」
がばりと顔を上げ、オレは勢い任せに立ち上がった。
この流れでそれはないだろう。十中八九、オレで遊んでるな。わかっていても動揺は隠せないものだ。これが惚れた弱みというやつだろうか。
「お前なぁ、そろそろオレ、ヘコむぞ」
「怒らないの?」
「怒る!んで、やっぱヘコむ」
自分以外の男と一緒に仲良く観戦しているところを想像し、オレは無性に水谷を殴りたくなった。あいつなら「なにープロ野球?オレ連れてって」とでも言いそうだからだ。地獄にでも連れてってやろうか、と半ばトリップしかけたところでが何故か嬉しそうに笑う。
「・・・・・・オレを誘ってくれるんだろーな?」
拗ねて言うと、はオレの胸に頭をこつんと預けてきた。そして小さな声で呟く。
「デート、初めて、だね」
「おぅ」
抱きしめてもいいんだよ、な・・・・・オレがそっとの背に手を伸ばしたときだった。
10分休憩終了ー!!という、恐らくいや絶対、オレに対しての忠告であろう声がグラウンドの方から聞こえてきて、オレたちは同時にぱっと体を離した。
気まずい雰囲気で互いに苦笑いをして誤魔化す。
空気読め、花井。このときばかりは拳を握り締め、そう思わずにはいられなかった。
―――生粋のA型、几帳面な花井が阿部に蹴りをいれられるのは、それから数分後のことだった。
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真世嬢へ、ありがとうとおめでとうを込めて。
08'3.28
少年ラジオ : 吉祥寺クミ(略して93)
貴女に頂いた名前はこれからもずっと大切に使います。