アリスの森

Yuno

日が傾き始める前、は何時ものように白哉に茶を淹れると各隊へ届ける書類を預かり揚々と隊舎を出発した。
今日預かったのは十番隊に届ける書類だけで、珍しいものだと思いながら十番隊の門をくぐった。
門につめている隊員とは既に顔見知りであったから短く言葉を交わし隊首室へと向かう。
歩きながら霊圧を探ると日番谷の霊圧を感知し、は顔を綻ばせた。だが、副隊長の松本乱菊は不在のようで日番谷の機嫌はあまり良くないかもしれない。
小さくため息が漏れた。


「・・・!」

入室許可を得る為口を開いた所で、戸がすっと開き半目の日番谷が顔をのぞかせた。

「シロちゃ・・・?」

驚いて数歩下がったに日番谷は目線で中に入るよう促し、自身はソファに向かう。
思わず愛称で呼んでしまったに、普段なら公私の区別をつけろと言うのに今日はそれがない。 言葉のない彼に機嫌がそこまで良くないのかと弱り、しかしよく見ると日番谷の足元は何処か覚束無い。
そういえば、彼には昼寝の習慣があったか。
眠っていたのだろうか。

日番谷がポスンと腰を落ち着けたソファには、それを示すように一人分寝そべった跡があった。


「昼寝には遅い時間じゃないの?」
首を傾げるに返った答えは、昼に休憩時間がとれなかったと少しバツが悪そうだった。

「少し休んでたんだが、近づいてるのがお前だってのはわかってたからな」
「ふぅん」
だから直前まで横になっていたのだと言外に告げられて微笑う。 日番谷は部下に見られたのなら示しがつかないと欠伸交じりだが自分はいいのか。

日番谷の正面に腰掛け白哉から預かった書類を手渡すと、受け取った日番谷は片手で乱れた髪を無造作にかきながら目を通す。 執務時間には見ない彼の様子は、まどろみから抜け切っていないからだろうか。
目を通し終えた書類を卓に置く様子からそう緊急性のある内容ではないようだった。

「六番隊で取りまとめてる書類だから、また受け取りに来るね」
「いや、明日押印が済んだら持って行く」
「え?いいよ。取りに来るよ」
「いい。・・・そうだな。お前がちゃんと仕事してるか見てやるよ」

ついでに茶の準備を頼むと、意地悪な笑いを漏らす日番谷に密かに茶請けは甘い物にしようと決めた。
甘納豆以外の甘味を好まない彼は渋面でそれを睨むだろう。忍び笑って、ふと日番谷の目元に隈ができていることに気がついた。

「休息時間がとれない程忙しいの?」
「ん?そうでもない」

疲れが溜まっているのなら心配だが、幼馴染以前に隊長である彼には余計なお節介だろうか。
否定にそれ以上言及できず頷くが、何処か苦笑した風の日番谷は雑務が溜まっているだけだと言葉を重ねた。
それをうけて、明日は意地悪は止めて茶請けは甘納豆にしようと思い直した。
買い置きはもう無くなってしまったからこれからお店に行けば買えるだろうか。それとも、甘納豆は流魂街のお祖母ちゃんが送ってくれると聞いたことがあったから他の物が良いだろうか。

そんな事を考えていると、腕くみをした日番谷がいつのまにか俯いていた。

「シロちゃん?」

呼びかけても返答はなくは首を傾げた。
立ち上がり日番谷の足元に移動し膝をついて俯き加減の顔を覗くと、小さな寝息が聞こえた。


「・・・寝ちゃったの?」

そっと死覇装の袖を引いても反応がなく、本当に眠ってしまったようだ。
すよすよと寝息は柔らかなのに、微かに眉間には皺が寄っていてこれは癖なのか伸ばしたらなおるのかと、は余計な事を考えた。
書類は渡したからの用件は終わった。
だが、このまま退室したものかと再度日番谷の死覇装に触れ、不意に目に止まった薄い赤に動きが止まる。


起こしてしまわないように、小さく息をつめて日番谷の組まれた手を引くとスルリと解けた。
日番谷の左手首に微かに残る赤い跡はがつけたものだ。

それを指の腹でなぞり、吸い寄せられるようにそこに顔を近付けると、唇を触れさせる。




・・・」


囁くような声に顔を上げると複雑な色をした碧緑と視線がぶつかった。
が口を開く前に目を伏せた日番谷は、何も言わず開いた利き手での頭に触れ髪を梳くように撫ぜる。その柔い重さに従うように日番谷の膝に頭を預け目を閉じた。

夢路、その温度を知ったなら

唇には彼の体温が残っているような気がした。

一周年おめでとうございます!
YUNO・ツキシロ|090101