ミーンミーンともジィージィーともつかない鳴き声が庭から響いている。
確か……蝉、といったか。
こんなにも賑やかに鳴いているのだから、さぞや生命力溢れる生き物なのだろうと思っていたら、成虫になってから一月ほどしか生きないのだと教えられた。
―――束の間の命を力一杯生きているのでしょうね。
いつだったか静かにそう呟いた彼の青年に、「そういうものなのね」と自分も静かに返した気がする。
実際のところ、彼の国の事はよくわからなかった。
「蝉が賑やかですね」
いつぞやと同じ静かな声が掛かり、は背後に立つ黒髪の青年を振り返った。
右手に漆塗りの盆を、左手に蚊遣りを下げた日本は、の顔を見ると柔らかく微笑んで縁側に膝をつく。
「陽が傾いても、やはり蒸しますねぇ」
風上に蚊遣りを置くと、縁側に座るへ麦茶の入ったコップを差し出した。
コップを受け取ったが礼を言うと、「どういたしまして」と彼らしい控えめな笑みで返される。
その様子に、先程庭先で大きな声を出していた彼を思い出し、はくすくすと可笑しそうに笑った。
「なにか可笑しかったですか?」
の隣に座った日本が不思議そうに首を傾げる。気分を害した様子はなく、急に少女が笑い出したその理由がわからない、といったところだ。
「ごめんなさい。さっきの様子とあまりにも違っていたから」
「先程というと……」
ああ、と合点のいった様子の日本がバツの悪そうな表情を浮かべたものだから、さらに少女は笑ってしまった。
「アーサーとアルフレッドを叱りつけた時の迫力といったら……。あれを見たらバッシュだって何も言わなくなるわ」
「あれはお二人が悪いんですよ。あんな泥だらけで座敷に入られたら掃除が大変です」
「ええ、そうね」
本当に困った人たちよね。――は柔らかく紡ぐと、ゆらゆらと立ちのぼる蚊遣りの煙へと視線を移した。
煙を吐き出す愛らしい豚。
木目の続く縁側。
相変わらず蝉の声は賑やかに響いていて、他に聞こえるものといえば日本の扇ぐ団扇のしなやかな音くらいだった。
―――静か……だわ。
こんなにも蝉の声がしているのに、それを静かだと感じるとは不思議なものだ。日本で過ごす夏に浮足立っているのか、いつもと少し感性がずれているのかもしれない。
ぼんやりとが思っていると。
「静かですね」
日本の呟きに、少女は彼を見やった。
きょとん とした紫の瞳に、日本も同じように返す。
「普段イギリスさんやアメリカさんと一緒にいらっしゃるさんには少々退屈でしょう?」
日本の言葉にふるり、と首を左右に動かす。
皆で賑やかに過ごすのも好きだが、こんな風に穏やかに過ごすのも悪くはない。
「菊といると静かでいいわ」
の手元で麦茶の氷が融けてカラン、と鳴った。
「それは良かったです。……ああ、風が出てきましたね」
日本の言葉どおり、宵の風が吹き抜けていく。
自分の髪を揺らす風に目を閉じながら、彼が扇いでくれた団扇の風の方が心地良かったな、とは思った。
(『散文御題』 Title by 黎明アリア)