アリスの森

せめて君の眠りにつく一瞬だけは俺だけのものであって欲しい。
そうすれば俺の夢を見てくれるだろう?

 パチパチ、とか細く爆ぜる火花。
 線香花火だと日本が言ったそれは、色のついていない、ただ小さく火花を散らすだけのものだった。
 正直なところ、なにがそれほどに彼女の気を引いたのかはわからない。
 イギリスにしてみれば、もっとはっきりとした色合いや派手やかな火花の方が見ていて楽しいのだ。
さんは随分と線香花火を気に入ったようですね」
 アメリカに付き合って花火をしていた日本が歩いてきて、イギリスの隣に座る。
 先程から縁側に腰掛けて少女を見つめているイギリスに気付いているのだろう。少し笑みを浮かべて日本も視線の先、線香花火に興じるを見やった。
「あんな地味な花火のなにが楽しいんだか」
 呆れたような言葉のわりに、その声音は優しい。
 座敷から庭先へとこぼれる灯り。その微かな灯りから見てとれる少女の表情は柔らかく、イギリスも知らずその相好を崩した。
「お好きなんですね。よく伝わってきます」
「ああ本当に、随分と気に入ったようだな」
 未だ少女を見つめるグリーンの瞳に、日本がふふっと笑う。
「いえ、そうではなくて――」
「アーサー! 菊! ねぇ、見て見て」
 日本の言葉を遮るようにが二人を呼んだ。然程大きな声ではなかったが、良く通る少女の声にイギリスが「どうした?」と腰を上げる。
 その後姿を眺めながら、「線香花火ではなく、さんの事だったんですけどね」と日本は零した。





 今夜は徹夜でゲームだぞ。――そう宣言したアメリカに付き合ってテレビ画面を見つめていただったが、さすがに昼間の疲れが出たようで こっくりこっくりと舟を漕ぎ出し、とうとうアメリカの膝に凭れ掛かるように眠りについてしまった。
 そうして暫くはアメリカの騒ぐ声と、それに付き合う日本の声、適当に相槌を打つイギリスの声がしていたが。
 時計の短針が1を示したところで、イギリスは読んでいた本をパタン、と閉じた。
 腰を上げたイギリスがアメリカの膝で眠る少女の肩と膝裏に手をかけると、それに気付いたアメリカが非難がましい声を上げる。
「なにするんだい」
「もう寝るんだよ。お前もいつまでもゲームしてないで寝ろ」
「君ひとりで寝ればいいだろ」
「バカか、お前は。ていうかデカイ声出すな。が起きるだろ」
 を連れていくな一緒に寝るのは自分だと騒ぐアメリカに、イギリスが呆れて溜息をつき、日本は困ったように「布団はどちらに敷くんですか?」と聞く。
「それなら、三人で寝ればいいじゃないですか」
「イギリスなんかと一緒の部屋で寝ないぞ」
 わがままめ、と日本が心中で舌打ちする。
「なら、じゃんけんだ」
 心底呆れたようにイギリスが右手を出すと、アメリカも「いいぞ。ヒーローは絶対に負けないんだからな」と訳のわからないことを言って手を出した。
「「One,Two,Three!」」
 ―――――。
「イギリスさんの勝ちですね」
 そう言って布団を敷くために部屋を出た日本の後に、を抱き上げたイギリスが続く。「お前もそろそろ寝ろよ」という言葉をアメリカへ残して。





「じゃんけんだなんて、フェアじゃないわね」
 日本の敷いてくれた布団に少女を横たえ薄手の掛布団を掛けると、がぽつりと言った。
「悪い、起こしたか」
 夢現でイギリスを見つめる少女の髪をさらりと撫でる。
「……フレッドが最初にグーを出すの知ってるくせに」
「あいつ、ガキの頃から進歩ないんじゃないか」
 喉奥で笑うイギリスに、も微かに笑みをのせた。
「でもフェアじゃないってわかってて、何も言わなかったお前だって同罪だろ」
 眠たげに揺れる紫の瞳に唇を寄せて、その瞼へとキスを落とす。
 がちいさく彼の名を呼んでその袖を握り締めたので、イギリスは髪を撫でていた手で少女の頭をぽんぽんっと撫でた。
 子ども扱いして、とは思わなくもなかったが、優しく触れてくるイギリスの手が深い眠りへと誘う。


 やがて穏やかな寝息をたてはじめた少女に、イギリスは眦を緩めてもう一度その瞼へとキスを落とした。


「Pleasant dreams」





 ―――お や す み、 可 愛 い 人。 良 い 夢 を。

(『散文御題』 Title by 黎明アリア)