「……何やってるの?」
意気揚々と入っていったイギリスの叫び声を聞きながら、のんびりとした所作で館へと足を踏み入れてみれば、其処にいたのは世界最大の領土を誇る青年だった。
「やあ、久し振り」
にこにこと無邪気に笑う彼――ロシアは浮かれた三角帽子をかぶって、「受付」というプレートの置かれた机に座っていた。
意外な人物の出迎えには驚きの表情を見せ、次いで先程響いたイギリスの叫び声に納得の様子を見せた。
「お久し振り。受付?」
「うん、そうだよ」
「なんでこんなところにいるの?」
イギリスがプライベートで見たくない人の上位に位置する彼は、アメリカとも仲が悪かったはずだ。
「ここに座ってイギリス君を出迎えてほしいって言われたんだ」
ハロウィーンなんだって? 楽しそうだね。――そう言ってロシアは笑う。
あの広い厳寒の地にひとりでいるロシアは、人の集まる場所が好きそうだから嬉しいのだろう。そうでなくともイギリスの嫌がる顔が見られるのならば、喜んで来そうではある。
毎年恒例のハロウィーンだが、この展開は今までになかった事。
どうやらアメリカに入れ知恵する者がいるようだ。
―――誰が……って、こんな事を考えるのは菊ぐらいか。
なんだかんだ言って、ノリノリでアメリカに知恵を貸す日本の姿を思い描く。
彼がついたのなら、今年の勝負は決まったも同然だ。がそんなことを考えていると、席を立ったロシアが机を回って目の前にやってきた。
イギリスよりも遥かに高いその長身を見上げて、少女はアメジストの瞳を瞬く。
相も変わらず にこにこと笑うロシアだが、は彼のことが苦手だった。
イギリスと仲が悪いということも多分にあるのだが、あの純粋であるが故の残酷さが読みきれないのだ。嫌いではないが、とても苦手。マンツーマンで対峙したい相手ではなかった。
「もうすぐ冬になるわね」
「そうだね。そうすると雪に覆われて出掛けるのも大変だよ。だからその前に、是非、君には遊びに来てもらいたいなぁ」
「行かない。だって……」
「ふざけんなよ、ロシア。誰がお前の家になんかやるかよ」
ショックから立ち直ったイギリスが、少女を背後へと庇う。
「残念だな。イギリス君も一緒に来ればいいのに。シベリアに招待するよ」
帰りのチケットはないけど、と しゃあしゃあと言ってのけるロシアに、イギリスも「誰が行くか、ばぁか」と反論する。
そんな事をしているうちに、アメリカと日本がやってきて一層騒がしくなる。
いつもどおりの光景に、少女は呆れたように溜息をついた。
「ねぇ、」
いつの間にか隣にきていたロシアに名を呼ばれ、少女は思わず肩を震わせた。
「な、に……イヴァン」
「やっと名前を呼んでくれたね」
機嫌良くロシアが笑う。
「イギリス君はシベリアだけど、君のことは ちゃんとモスクワに招待するよ」
「……行かないわよ。寒いの苦手だもの」
「うん、そう言うと思った。残念だな」
どうしてこの人は、こんなに私に構うのか。
「貴方の好みとは違うと思うけれど」
彼の好む向日葵とは縁遠いと思うが。
「そうだね、どちらかというと君は薔薇だよね」
当然だ。私はイギリスのものなのだから。
「でも、僕は君がほしいな」
君とイギリス君を見ていると思うんだ。君なら何があっても絶対に一緒にいてくれるんだろうな、って。
そう言って目を細めるロシアを見上げて、ああ、と思った。
「ならば貴方の期待に応えて、私はこれからも絶対にイギリスのそばを離れるわけにはいかないわね」
ロシアの言葉尻を捉えてそう言った少女が、本日初めての笑みを浮かべる。
の言葉に一瞬目を丸くし、ロシアは「僕としたことが、余計なことを言っちゃったかな」と呟いて、困ったように笑った。
(『散文御題』 Title by 黎明アリア)