アリスの森

いつか『世界』に還すまで 1

 こんこん、と扉が叩かれ、クローバーの塔の主はそちらに視線を向けた。
 大きな扉が音もなく押し開けられ、僅かな隙間から よく知る少女が顔を覗かせた。
 常の強気な態度は鳴りを潜め、アクアマリンの瞳に心配そうな色を宿している。
「―――メア」
 鈴の鳴るような可憐な声が、ソファに横たわる人物を心配気に呼ぶ。
 彼の名を愛称で呼ぶのは決まって少女が甘えたい時。
 その様子にナイトメアは穏やかな笑みを浮かべ、手招きして少女の名を呼んだ。





。おいで」
 ナイトメアの許しに、少女は心配気な表情に少しだけ安堵の色を混ぜ、扉の隙間から体を滑り込ませた。
「また吐血したって……」
「たいしたことはない。グレイの奴が大袈裟に騒いだだけだ」
 ソファの傍らのカーペットに膝をついてナイトメアの様子を窺うが、そろりと右腕を伸ばして、ナイトメアの胸の上に手を当てた。
 ナイトメアはの頭を撫でて、少女の好きなようにさせておく。
「直接、聞かせて」
 やがて、ぽつりと溢された少女の言葉に、ナイトメアは仕方がないというように ため息をついた。
「少しだけだぞ」
 こんなところをグレイに見られたら、どんな嫌味を言われるか わかったものじゃない。
 タイを緩めて、シャツのボタンをはずすと、はだけた胸元にぴたりと少女の手が当てられた。
 少し高めの体温に、ナイトメアが熱をだしていることがわかる。
 無意識には眉を寄せた。
 その様子に笑って、少女の眉間に指を滑らせる。何度か撫でると、の力が抜けたようだった。
「大丈夫。ちゃんと時計は動いているだろう」
 ナイトメアの言葉どおり、少女の掌の下ではカチコチと彼の時計が時間ときを刻んでいる。
「うん……ちゃんと、動いてる」
 それでも心配そうな まなざしは変わらず。はソファの端に腰かけると、今度はそっと、ナイトメアの胸に耳を当てた。


 カチコチ、


   カチコチ、


     カチコチ、


 規則正しい時計の音に安心して、は目を閉じる。
 優しく髪を撫でるナイトメアの手に誘われるように、の意識は眠りの底へと落ちていった。





「ナイトメア、気分はど、う――」
 ノックもせずに主の部屋の扉を開いたアリスは言葉を失った。
 仕事中にいつものように吐血して、ソファで横になっているナイトメア。
 横たわる姿も、青白い顔色も、先程 部屋を離れた時と同じ。
 違っていることといえば、そのソファに一緒に横たわっている少女の存在だった。
 しかもナイトメアの胸元は はだけている。
「―――あんた、」
 アリスの登場に、ナイトメアが思いっきり「しまった!」という顔をした。


「自分の妹相手に何やってんのよ――っ!!」


 クローバーの塔中に響き渡ったのではないかという大音量の渦中でも、ナイトメアの腕の中の少女は目を覚まさなかったと言う。