冬を望む、六花の声(後日談)
「ちゃん、それ、日番谷くんのプレゼント?」「――うん。『ひそく』色っていうの」
こういう字。ちょっと素敵でしょ?――そう言って掌に書かれた文字は。
なんとなく、をイメージしたような言葉だった。
カラリと晴れた冬の朝。
青空の下では、刺すような風。
今日も寒いわねぇ、なんて考えていた松本 乱菊の視界に見慣れた後ろ姿が映った。
十を背負う白い羽織。
遠目にもわかる、銀の髪。
「隊長、おはようございます」
松本は足を速めて声をかけた。
振り返った人影は、確かめるまでもなく十番隊隊長・日番谷 冬獅郎だった。
「ああ、おはよう。昨日は一日、変わりはなかったか?」
「はい。通常業務も滞りなく。現世待機組も異常ありません」
そうか、と軽く頷くと日番谷は歩きだした。それに従うように松本も歩きだす。
「ところで隊長」
「なんだ」
今度は振り返らずに日番谷が答えた。
その背に揺れる、見慣れない色を眺めて松本が問う。
「それ、あの娘からのプレゼントですか?」
少年の首には秘色色のマフラーが巻かれ、その両端が背で揺れていた。
「だからなんだ」
「いえ、良い色ですね」
「……あぁ」
―――あの娘からのプレゼントが、余程嬉しかったのねぇ。
自隊の隊長を眺めながら、ほのぼのと松本は思っていた。
「あ、日番谷くん、おはよう」
十番隊の執務室前で、ひとりの少女が立っていた。少年の幼馴染・雛森 桃である。
始業時間にはまだあるが、桃の手にある物を見て松本は納得する。
「おはようございます、乱菊さん」
「おはよう、雛森。寒いから中に入ったら?」
「……お前の執務室じゃないだろ」
呆れて言いながら、日番谷は扉を開けた。
「日番谷くん、そのマフラー、ちゃんのプレゼントだね」
「だからなんだ」
先程と同じ返答に松本が笑った。
「松本」
苦い表情で咎める日番谷に、松本はふふっと笑い、「お茶を淹れてきます」と給湯室へ姿を消した。
「はい、日番谷くん。誕生日おめでとう」
桃が嬉しそうにプレゼントを差し出すと、日番谷はぶっきらぼうに礼を言い、小綺麗な包みを受け取った。
にこにこと笑う桃が「早く開けてみて」と無言で催促する。毎年のことなので、呆れつつも日番谷は包みを丁寧に開けた。
中から出てきたのは、硝子細工の湯呑みと箸置。
窓から入る光を受けて輝くその色は――。
「あら、綺麗な湯呑みじゃない。こんなのもあるのね」
茶を淹れてきた松本が、日番谷の手元をのぞき込む。
「……の好きそうな作りだな」
ぽつりと言った日番谷の言葉は、しかし、ふたりには届いたようで桃が弾んだ声で言った。
「そうでしょ。ちゃんが気に入りそうだなぁ、って思ったの」
「雛森、それ、隊長へのプレゼントよね?」
松本が苦笑する。
日番谷だけでなく、桃も相当な贔屓だ。
「もちろん。でも、片方はちゃんが使うと思って。それに、色も揃えてみたの」
桃の言うとおり、硝子細工は双揃えあり、ここにはいない桜色の瞳の少女のプレゼントと揃いの色であった。
「同じ毛糸で手袋も考えたけど、日番谷くんはいらないでしょ?」
「あぁ」
「だよね」
桃の隣で茶を飲んでいた松本が不思議そうな顔をした。
「隊長、手袋が嫌いなんですか?」
「雛森、余計なことは言うなよ」
桃が口を開く前に日番谷がきっぱりと言う。
その言葉に桃が苦笑して「そろそろ行きますね」と立ち上がった。時間はすでに始業間近だ。
「あ、雛森、今夜は隊長の誕生日祝いにパァーッと飲むわよ。あんたも来るでしょ?」
「……おい、松本。俺の都合は無視か?」
「大丈夫です。ちゃんとあの娘も連れて来るように、一角に言ってありますから」
「そういう問題じゃない」
お前等が飲みたいだけだろ、まったく。――執務机に腰を下ろしながら日番谷が不平を洩らす。
「雛森」
退室しようとする桃を日番谷が呼びとめる。
振り返ると、日番谷はすでに書類へと目を向けていた。
「ありがとな」
こちらを見ずに伝えられた言葉は、穏やかな声だった。
「どういたしまして」
桃も穏やかに返して、今度こそ十番隊の執務室を後にした。
「それで隊長は、どうして手袋が嫌なんですか」
「そんなことはいいから仕事しろ」
松本が煩いので結局 飲みに行くことになり、夕刻、十番隊隊舎の門前には人影が集まっていた。
日番谷の交友関係とは違う顔もいたが、敢えてなにも言わずにおいた。松本の日番谷を祝う気持ちに偽りがないことは承知していたから。
陽が落ちると急に気温が下がる。
漸く店へと歩きだした松本達の騒ぎにため息をついて、日番谷は背を預けていた門から離れた。
組んでいた腕をほどいて、隣で夕焼け空と夜空の混じる様子を眺めている少女へと手を差し出す。
「、行くぞ」
日番谷の声に空から視線を移し、少女は差し出された手に己の右手を重ねた。
―――やっぱり冷えてる……。
その手の冷たさに日番谷は舌打ちしたい気持ちになった。できれば、少女の左手も繋いでやりたい心境だ。
冬になると日番谷を心配させる氷のような手の少女は、しかし嬉しそうに表情を和らげて。
「冬獅郎の手は暖かいね」
「お前の手が冷たいんだろ」
そう呆れて言いながら、日番谷はの手を握り直した。
その様子を――。
何気なく振り返った松本が一部始終を見ていた。
声までは聞こえなかったが、当然のように手を差し出した自隊の隊長に、朝のやりとりが思い出され。
あっ、と思った瞬間、横から袖を引かれる。
桃が人指し指を口に当てて、にこりと笑っていた。
もう一度振り返って、幸せそうなふたりに「まぁ、いいか」と追究しないことにしたのだった。